目の前に起きている事が辛すぎる現実だったとしても、

今朝、ふと

以前に見た、砂糖でアリに巣を作らせたらどうなるか?という実験YouTubeを思い出しました。

うろ覚えなので、正確かどうかはわからないけれど、

 

それは、5匹をそれぞれ、違うパターンの環境で飼育観察した記録でした。

 

1つは、キットに付いているジェルのようなもので巣を作らせ観察(以降Aチームと呼ぶ)、

もう一つは、ジェルの替わりに「白砂糖」を入れた状態で観察(以降Bチームと呼ぶ)。

 

AチームもBチームも、それぞれ5匹のアリは懸命に巣を作り始めます。

時間が経ち、巣はどんどんと出来上がっていきます。

ある時、Bチームの一匹が、自分が土?または家を作る素材?だと思って運んでいたその物体が、

砂糖である事に気づきます。

すると、以降巣作りをやめてしまい、その一匹は、ただただ砂糖をなめるだけの生活に入ったりします。

 

結果的には、

Aチーム…普通に巣が完成し、生活を始める。(5匹とも存命)

Bチーム…こちらも巣はでき、生活を始めたが2匹が途中でなくなった。(理由は不明)

 

私は、思う。

いつだって目の前にある(目の前で起こっている)「それ」が、

何であるか?(どういう意味を持っているのか)を

正確に理解できているのか?と。

 

例えば、

『土』だと思っていたら、本当は砂糖(食料)だった。

気づく前は、それが『砂糖』だなんて、思いもしなかっただろう。

 

でも、こんな事、割と頻繁にある事なんじゃないかな?

 

身体に良いと思って、使い続けていたら、身体を害した。

良い人だと思って、仲良くしていたら、急に勧誘された。

 

目に見えているものでさえ、そうなのだから、

目に見えないものならば、本当に正確に理解することは、本当に難しい事のような気がする。

 

目の前に起きている事が辛すぎる現実だったとしても、

『不幸』と感じる現状や、『希望が見えない』ような出来事が続いていたとしても

それが後から、本当に自分の基盤を作るような貴重な体験になる事だってあるわけで、

それどころか、人の深さを作り出すものは、いつだって『厳しさ』を装って現れるのもだから、

それらを知っていれば、ただいたずらに右往左往する事も少なくなるはず。

 

目の前にあるのは『不幸』ではない。

辛く悲しい出来事ではあるけれど、

そこに引きずられないようにして欲しい。

例え、今は全てを失ったと感じていても。

 

やっぱり、

この世はうまくできている。

私たちは、間違いなく、学びの中で生かされている。

 

だから、どんなに目の前が暗くとも、

凍えそうに辛い出来事に遭遇していても、あきらめないで欲しい。

『それ』が起こっている本当の理由を知る日が、必ず来るから。

 

 

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